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インドネシア植林と水田再生 ―熱帯林保全と泥炭湿地再生プロジェクト―

象と移民

バンバン、鈍くて重い音がニッパハウスの庭に響き、バナナの葉が揺れた。年配の女性がひとり、ココヤシの枝で地面を叩きまわっている。
「こうやって、象を追い払っているんです」、と彼女は言った。「食べ物を探しに、象が家の近くへ来るんです」。彼女が指す先には、折られたバナナの幹やココヤシの木、キャッサヴァが転がっている。「時々家が壊れるんです、柱や壁に痒い背中をこすりつけるもので。木がポキポキ折れるし、フーッフーッいう声やドスッドスッって足音や、怖いです」。

ここ、パレンバンから海岸近く来たスギハン・カナン29水路の移民は、疲れきった様子だ。小さなニッパハウスに住んでいるのは老人や子供だけで、生活の糧は屋根葺きに使うニッパマット作りだけだ。目はどんよりとし、子供の動きもノロノロとして生気がない。村は無気力と絶望で閉ざされている。若者や壮年者はバンカ島やパレンバンへ出稼ぎにいっている。

「米つくりはどうですか?農地を貰ったでしょう?」、私は別の年老夫婦に聞いてみた。老人は弱弱しく私を見たが、目はみるみる涙で溢れた。一息ついて、やっと老人は言った。「田んぼは何の役にも立ちません」と、村の向こうに見える一面のスゲの原を指した。

老夫婦が移住したのは1981年である。始めの6,7年、土地は湿っていて、ヘクタールあたり籾で2トンほど(反あたり白米で2俵)収穫できた。その後、土地は次第に乾き、収穫は急減した。今では取れてもヘクタールあたり籾300キロ(反あたり白米で1斗2升)どまりで、米を植える人はいない。

不幸は象にも降りかかった。以前、この湿地帯は一面の密林で、多くの象が住んでいた。ところが、政府移民事業で林は皆伐され、食い物が無くなった象は移民の庭に来て、わずかな作物を食い荒らすようになった。移民は恐れて、地面をバンバン打ち、象を追い払う。向こうの集落でも象は追い払われる。象はここスギハン・カナンの村をあちらこちらとさまよわざるをえない。政府は、急遽、入植地の一部パダン・スギハンを象専用に割り当てたが、見知らない土地を象は拒否し、以前の住地にとどまり続けている。湿地開発の設計が間違いの元で、移民も象もその犠牲になってしまった。

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