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平成の海援隊づくり

平成の海援隊づくり
ウォーレシアの海を舞台にした「平成の海援隊」づくり

インドネシアで木造帆船を建設し、ウォーレシアの海を舞台に本格的な帆走航海を展開したい。そのことを、この数年間、寝ても覚めても考えつづけていたのです。

ウォーレシアとは

インドネシアのスラウェシ周辺海域を含むウォーレシアは海深二、三千メートルもの深い海にいだかれていて、この海に浮かぶ島々の周囲は珊瑚礁が発達し、とても美しいエメラルド・グリーンの海が広がっています。ここはインドネシア多島海のなかでも、もっとも海域的な世界なのです。と、同時にここに浮かぶ島々が熱帯林に覆われていていることが徹底的に重要です。ここの森には起源の異なる動植物相が錯綜する学術調査の宝庫。なんと未だに誰も調査したことのない離島群が残されているのです。実は、そのこと以上に、私たちがこの海に惹きつけられるのは、ここの海に生きる人々が実に個性的であるからです。言い方をかえれば、ウォーレシアは欧米流の普遍主義を物ともしない、個性的な社会、生き方の多様性がちりばめられた世界になっているのです。

コンジョの船大工

例えば、ここの海はすばらしい船大工を育ててきました。南スラウェシのコンジョの船大工たちは設計図など使わずに、しかも、一本の鉄の釘も用いずに、見事な大型構造船を造ってしまうのです。こうしたことが可能なのは、彼らが周辺海域の森に精通し、そこの木の癖を見抜いて、それを適材・適所に使うことに長けているからです。ウォーレシアの海は船づくりに向く多種多様な樹種からなる豊かな森を創り出しました。現在、使用されて船材樹種は四十七種ほど。その中には、海水に沈むほど稠密で硬いカユ・ブッシ(鉄木)材や、弾性に富んだまさに天然の強化プラスティック様のナナサ材などが含まれているのです。ウォーレシアには、こうした船大工グループの他にも、海の神を信じ、陸上生活を拒み、未だに海上生活を続けるバジョと呼ばれるグループやサゴヤシに依拠しながら森の精霊との会話に非常に感心を示すグループなど、すぐれて個性的な社会が実在するのです。こうした人々の生活や自然とのかかわりの詳細を学ぶ航海に出ようとしていたのです。

チンタ・ラウト号の建設

幸いにして、平成14年度から科学研究費3)を得て、一気にこの研究構想は実現化へと動き出しました。チンタ・ラウト(Cinta Laut:海の恋人)号と名づけられた調査船は、コンジョ船大工の名匠ジャファールの指揮の下に2003年5月に完成し、いままで、日本・インドネシア双方の若者を乗せ、ウォーレシアの離島群を対象とする航海を計17回実施してきました。この船はスラウェシの伝統的な帆船ピニシ(pinisi)を模した2本マスト・7枚帆のスクナ―タイプの帆船(総トン数70トン)で、船内は収集したデータの整理や検討、調査結果についてのディスカッションが恒常的に行なわれような空間を実現しています。また、若手研究者の論文の作成・投稿が可能な通信施設を装備し、言わば「移動する研究室」となりうることによって、時間のかかる船による調査のマイナス面を補う工夫が施されています。
通常の船の操縦は経験のある船長以下3名の乗組員によって行われますが、われわれ自身も可能な限り、帆走技術を習得するように試みました。参加学生には「研究者兼船乗り、船乗り兼研究者になれ」と指導しています。

夢を語り、夢を伝えること

一つの大きな問題として、大学の研究者自身、研究プロジェクト自体が若者を惹きつけるだけの魅力を失ってきていることがあります。それは、大学の研究者が夢を語り、それを実現するための情熱を失ってしまったからです。かつては違いました。すでに半世紀も経ってしまいましたが、わが国のカラコルム・ヒンズークシ学術探検隊(1955年)や第一次南極越冬隊(1957年)などの先達が繰り広げた研究事業は、当時の多くの子供たちに計り知れない学問的な興奮や夢を与えたことは確かです。こられのパイオニア・ワークに触発された子供たちの中から、70年代、80年代に活躍したフィールドワーカーが育っていったのです。
とにもかくにも面白い教育研究を目指すこと。白けきった若者達に、毛穴が総毛立つような学問的な興奮を与え、彼等の胸の奥底に眠っている夢を覚醒させることができる研究をどう実現するか。そして、若い世代からの共感をどこまで得られるか。そのことが我々の海域研究の拠点づくりの試金石となると考えています。

平成の海援隊づくり

チンタ・ラウト号の建設に先立つ2002年の7月に、インドネシア側に我々の科研の支援を受けて「海域教育研究所」(Lembaga Perahu:NGO組織)が設立されました。海域研究の活性化と海域研究の担い手づくりを主目的とするこの組織がチンタ・ラウト号を所有し、航海スケジュールを管理しながら、我々の趣旨への賛同者を募集しています。当面は、ウォーレシア海域の離島群を連ねる調査航海を目的としていますが、将来的には、例えば、その航海の帰路では島々の物産を運び、資金調達が図られるような柔軟な運営が検討されています。経済混乱が続くインドネシアでは、若手研究者たちは困窮し、特に大学院生たちの調査資金を捻出することは極めて困難になっているからです。
船を動かすことによって海の研究者を育成し、船を回すことによって資金調達を図り、船を駆使した研究を展開することによってウォーレシアの海と森を保全する。そうした将来構想を意識しつつ、帆走航海を展開しようとしています。
どうですかみなさん。一度、Cinta Laut号に乗り、思う存分にウォーレシアの海を吸い込んで見ませんか!
※本文は、「統談:チンタ・ラウト号の建設とその探検航海」(農林統計調査2005年1月号、2-3頁)をもとに加筆しました。

文責 遅沢克也 愛媛大学


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